罪刑法定主義②
2018年12月19日
弁護士の佐藤剛志です。
今回は、東名あおり運転の事件と「罪刑法定主義」がどう関係するのか説明します(少し長いです)。
まず、殺人罪(刑法199条)は、「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。」と規定されており、刑罰として死刑を選択できます。
それでは殺人罪を適用できるでしょうか。
そのためには、今回の事件が殺人罪つまり人を「殺した」と言えるかが問題になります。
確かに一連の経緯から考えると、被告人が高速道路の追い越し車線上に強制的に被害者の車を停車させたことで2人が死亡しているので「殺した」と言えるのじゃないかと思われるかもしれません。
しかし、2人が死亡したのは後続のトラックに追突されたことが直接の原因です。被告人が直接2人に物理的な力を加えて殺したわけではありません。
そこで、検察官も殺人罪を適用するのは無理だと判断して、殺人罪での裁判を求めていません。
そこで、危険運転致死傷罪という罪で起訴したと思います。
危険運転致死傷罪は、「次に掲げる行為(※1~6号の危険運転)を行い、よって、人を負傷させた者は15年以上の懲役に処し、人を死亡させた者は1年以上の有期懲役に処する。」(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律第2条)と規定されています。
有期懲役の上限は20年ですが(刑法12条1項)、複数の行為について起訴されているので上限は30年になります(刑法14条2項、同47条)。(ここは正確に説明するとかなり長くなるので省略します)。
検察官は懲役23年を求刑し、18年という判決が出されました。
この犯罪には、刑罰として死刑は規定されていないので、規定のある懲役刑を選択したのです。「罪刑法定主義」からは、条文にない刑罰は選択できないのです。
また、1~6号のうち4号の危険運転に当たるかも争われました。
4号は、「人の車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為」を危険運転としています。
つまり①妨害行為、かつ、それが②危険な速度で行われたということが危険運転とされるのです。
検察側は、停車中に追突されたことが直接の死亡原因であったことから、停車中の状態について②に当たるということため「高速道路上では停車中の速度0という状態でも、『危険な速度』に含まれる」という主張をしました。
物理的には停車中は動いていないのですから「速度」ということを観念できないかもしれませんが、法律的には、0という「速度」も観念できるので、このような主張をしたと思われます。
この点、裁判所はそれまでの4回の妨害行為(停車させるまでに前方に割り込んだ行為)に起因して死亡結果が発生したと判断して危険運転を認めました。
この妨害行為は走行中の行為なので、「危険な速度」にあたることは問題ないと考えているものと思われます。
このように、裁判では、条文に規定された犯罪行為に当たるかを判断し、刑罰も条文に規定された範囲内で決められます。
今回のあおり運転の事件は、とても許しがたいものだとは思います。
しかし、「罪刑法定主義」ということの重要性から考えると、現行規定に基づいて刑罰を科すしかありません。
今回のような事件に十分に対応できていないと考えるのであれば、これをきっかけに今後法律の改正、新設で対応していくしかないのです。